子宝どっとこむ

 

 賭博者

1866年(45歳)の作品
お勧め度☆

ドストエフスキーを読まれるならば、「賭博者」は最後にすることを薦める。文学的見地から見て何の価値もなく、唯の落書きとさえ思えてしまう。ドストエフスキーが執筆したという事実だけが頁をめくる原動力である。それ以外には何もない。
唯一関心を寄せるのは、ドストエフスキー自身が主人公同様にルーレットで身を破滅させ、その体験に基づいて「賭博者」が出来上がったという事実であり、恋人アポリナーリヤとの外国旅行、道中での賭博狂で無一文となり挙句はアポリナーリヤにも見捨てられ、また妻マリア・兄ミハイルに先立たれ、精神的な支え(妻マリア)と金銭的な支え(兄ミハイル)を同時に失い(兄はドストエフスキーの金庫番であったようだ)、債権者から提示された最後の一ヶ月で(その一ヶ月以内に長編を一冊作らねば以後の9年間を債権者のために執筆する羽目になっていた。当時は「罪と罰」の連載中の身で、万事休したかのように思われた。)、速記者である後の妻アンナの協力を得て僅か27日で口述筆記して作り上げたという、破天荒な背景である。
極度に追い込まれ、僅か27日で作り上げたことを考慮すれば、「賭博者」はドストエフスキーが天才であることを示す作品であり、この作品を機にアンナと結ばれ、後の大作群の影の支えを手にしたことを思えば感慨にふけることも無くはない。
しかし、純粋に文学として「賭博者」と向き合えば、二度も読み返すことにはなったが(一度目でさえ嫌々読み進めた)、何一つ得るものは無かったといっても過言ではない。

 Trackback Pings(0)

No trackbacks found.

 Comments(0)

No comments found.

 Post a Comment

コメント用フィード