子宝どっとこむ

 

 百姓マレイ

1876年(55歳)の作品
お勧め度☆
出展:「世界短編名作選(ロシア編)」新日本出版社、岡林 茱莫訳

「未成年」と「虐げられた人々」は自分で持っていなかったため、図書館に借りに行くことにした。社会人になって以来初めて図書館に行ってみたが、読みたい本がいっぱいあって舞い上がってしまった。
ゴーゴリの「外套」が収められているということで「世界短編名作選」を借りることにしたが、そのあとになって「ドストエーフスキイ全集」も見つかってしまい、そちらの第2巻と併せて借りてきた。
「百姓マレイ」は田舎暮らしの10歳のころ、幻覚症状気味だった作者が「狼が来るぞ」という声を聞いてしまい、震えきって百姓マレイにしがみつき、マレイにあやされたというたったそれだけの、アネクドートとも言えない(本人もそう言っている)思い出話である。僅か6ページの中に何かの意味を読み取れないものだろうかと読み返しては見たが、老人の思い出以外に何も見つけられなかった。

マレイのところから帰ったあと、ぼくは「事件」のことを誰にも話さなかった。それに事件というほどのものでもない。マレイのこともすぐに忘れてしまった。たまに顔をあわせることがあっても、狼の話どころか、およそ口もきかなかった。それが二十年もたったいま、シベリヤであの出会いのすべてを、こんなにもはっきり、細かい線の一筋にいたるまでぼくは思い出したのだった。出会いはぼくの胸に知らないあいだに根をおろし、ぼくの意思とかかわりなく、しかるべきときに出し抜けに記憶の中に甦ったのだ。
(P99より引用)

二十年の経過ののちに突如記憶が甦るというのを今日体験したばかりであったため、何となく引用してしまった。しかしそれはアネクドートと言うべきものでもないので紹介はしない。 代わりに二十年以上前のトラウマについて話すとしよう。5歳のとき、友達(2歳)の母親が運転する車でぶどう狩りかなにかに車で向かった。助手席に母親、後部座席に自分と弟と友達の康君、妹は新生児だったから母親が抱っこしていたのかもしれない。 康君ちを出て2分もたたなかったと思う。最初のカーブでいきなり康君がドアを開けたのだ。アウト側のドアだったので、そのままドアは全開に開き危うく康君は転がり落ちるところだった。自分と弟の悲鳴に驚いた康君のお母さんが慌てて急ブレーキをかけたからよかったものの、あのときの恐怖は常に頭の片隅にある。 だから自分はドアロックが怖い。最近の車はそのほうが緊急時に脱出できるからといってロックをしない車が多い。そんな車に乗ると、高速走行時に無性にドアを開けてみたくなってしまう自分に怯えてしまうのだ。自分が運転しているときはそんな考えは思い浮かばないのだが、人が運転している車だと、考えないようにすればするほどドアロックに目が行ってしまう。ロックがされている場合には、何度も何度もロックがされていることを確認し、ロックされていない車だった場合には、慌てて手動でロックをするか、さもなければよからぬ想像をたくましくするのだ。

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