子宝どっとこむ
子供部屋
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子供部屋というのは日本独特の概念らしい(といっても日本的な子供部屋をもつ欧米人もいると思うが)。欧米(特にアメリカ)では子供を早くから親とはなれて寝させて独立心をはぐぐむ習慣があるが、あくまで就寝まではみなリビングで家族として行動するのが理想のようだ。
自分の身を振り返って見ると、小学校低学年は弟と二人で共用の4畳半を与えられ、その後二人には寝室として4畳半を、勉強部屋として3畳の納戸を与えられた。その後、小学校高学年に弟と自分は4畳半の部屋がそれぞれ与えられ、妹が3畳の納戸で暮らすようになった。このころまでは両親は常に8畳の主寝室で過ごしていたはずだ。
ところが、妹が中学生になるころには、自分と弟は4畳半で妹が8畳間に移転、両親はとうとう1階の応接室(和室)に追いやられてしまった。1階はダイニングと応接室(和室)しかなかったのだが、このタイミングで庭を諦め、リビング(12畳ぐらい?)を建設した。
子供のころ、部屋替えは我が家にとって一大イベントで、兄弟三人あーでもないこーでもないと言いながら自分たちの要求を図面に表現することに嬉々として取り組み、両親の了承を取り続けてきた。今にしてみれば親にとっては大阪冬の陣夏の陣みたく敗北の歴史である。
さて、子供部屋が我々兄弟三人をどのように成長させてきたかを振り返ってみると、今でこそ割と仲のいい兄弟に戻ってはいるが、当時はかなりの荒れ模様だったといえる。
弟はすぐに自分の部屋に引きこもり、家族との接触を極力取りたくないと暗に主張し、それは我々家族の共通認識として、腫れ物に触るという雰囲気だったし、自分は自分で世の中で一番偉いと思っていたぐらいだから親などなめまくりで散々馬鹿にしてきたし、妹まで母親に反抗するようになった。
もし子供部屋が無かったら自分たちはどういう人間になってたかと考えると、おそらく部屋だけで性格がそれほど変わるわけではないので大きな違いは無かったろうが、少なくとも兄弟3人、あるいは家族の思い出はずっと一杯あっただろう。
それでもまだ、子供部屋にテレビは無かった。だからテレビを見るときは家族が揃うときで、夕食からテレビを観る間は家族として行動していた。今の子供は部屋にテレビがある方が普通みたいだから、食事以外は家族と行動しないというスタイルであってもおかしくない。
まあ、いろいろ考えると、子供部屋というのは百害あって一利なしというのが自分の帰結で、NamePも子供部屋は要らない主義のようだ。
理想はリビングダイニングが大きくて(30畳位)、食事後、ちょっと場所を移動してリビングでくつろぎ、その後同じリビングの別コーナーで勉強なり趣味なりを行うというスタイルだ。これを実現しようと思うと一軒家では駄目で、マンションじゃなきゃとなる。将来中古の広いマンションを購入して、部屋をほとんどぶち抜いて理想を実現するというのが目下の目標である。
現在の賃貸住宅はリビングダイニングが15畳とこの手の賃貸マンションでは割と広くて気に入っているのだが、さすがにそこにパソコン(稼動中の3台と稼動していない1台)を持っていくのはひんしゅくなので、パソコン部屋(勉強部屋)はどうしても別になってしまう。リビングとパソコン部屋の距離が時として夫婦の間に災いをもたらすことがあり(自分が育児をほったらかしているという風に、まあ確かにそうなんだけど)、やはり勉強スペースもリビングに収容できたほうがいい。
子供部屋は高度経済成長期における受験戦争に子供が勝ち抜くために編み出された最終兵器であると表現する人がいるらしく、勉強するために個室を用意するようになったらしい。だけど、勉強も親子・兄弟並んでいた方が楽しいし、やり方(PCの設定とか)も聞けるのでいい。
と言うことで、我が家では子供部屋を用意しないことにする。用意するのは寝室で、親の主寝室に対して単に寝室と呼ぼう。と言っても今は該当する部屋は無いが。
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