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 色即是空、空即是色

  • Jul262004
  • Author: Vulcan
  • Categories: 駄文

Goo辞書より

『色即是空』

〔仏〕〔般若心経〕この世にあるすべてのもの(色)は、因と縁によって存在しているだけで、固有の本質をもっていない(空)という、仏教の基本的な教義。

『空即是色』
「般若(はんにや)心経」の語。宇宙の万物の真の姿は空であって、実体ではない。しかし、空とは、一方的にすべてを否定する虚無ではなく、知覚しているこの世の現象の姿こそが空である、ということ。

すべてのものは常に移り変わり、永遠に同じ状態では存在できないという真実と、すべてのものはお互いに関連しあいながら存在しており、他との関連性なくして存在できないという真実をあわせた、存在に関する真理が、すなわち『空』であるそうな。存在に関する真理が『空』であるかどうかは理解を超えるところに思えるが、要するに『空』が真理の代名詞だと割り切って、それ以上は今のところこだわらないことにしよう。

そう考えると、物事は常に移り変わり、人も常に変化し、人の心も常に移ろう、全てはお互いに関連しあっており、単独で存在することはもちろんのこと、家族だけ、気の合う仲間だけで存在することもできない。

世の中が人類だけでは成り立たないのは当たり前だけど、世の中に多くの人類以外の生命体が存在している以上、彼らとのかかわりを持たずして人類だけで存在するということはなお一層ありえない。仮に地球上にもともと人類だけしか存在していなかったとしたら、人類は人類だけで存在が可能なように進化したはずで、現在の我々の存在は無かっただろう。

それと同じように、世の中に自分以外、若しくは自分達以外に多くの者が存在している以上、彼らとの関連の中でしか自分は存在し得ない。存在とは関連の中で初めて意味を持つものであり、関連が無いということは存在しないことと同じといっても極論ではあるまい。

また、我々はいつまでも心を閉ざすことはできない。理由は心は移ろうからであり、時間の経過が心を癒す。また、他と関連しあわなければ存在できないため、いつまでも閉ざした状態ではいられない。他人とかかわりを持つことは、時には大きな精神的負担を強いる場合もあるが、唯一他人とのかかわりの中にだけ生きる喜びを見出せるというのも真実である。

他人とのかかわり方を忘れてしまい、どうかかわったらよいか分からなくなった者は、観音菩薩にすがってみたらどうか。自分は観音菩薩のお力をお借りしてみたくなった。そのため、少しずつでも般若心経や観音経について学んでみようと思う。

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