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 人脈について

  • Feb182005
  • Author: Vulcan
  • Categories: 駄文

私は長い間『人脈』という言葉が非常に嫌いでした(今でもやはり多少抵抗のある言葉ですが)。

どうしても、『人脈』というと『困ったときに助けてくれる人、特に専門家』というニュアンスで使われているという気がしていたため、『人脈』を大事にする人というのは、他力本願な人か人を自分の役に立つかどうかで評価する人というイメージが強く、(『人脈』を口にする人は信用ならない)という気持ちを持っていたわけです。

一方、私の好きな言葉は『戦友』です。共に戦ってきた信頼できる仲間であり、そこには損得勘定は一切入り込みません。

しかし、最近自己啓発本をいろいろ読んで感じたことは、『人脈』と『戦友』とは異質なものではないということです。『戦友』ということになると、普通2、3人、せいぜい10人いれば多い方であり、どちらかというと『パートナー』に近く、一方で『人脈』はほとんど無限大に多くすることができる点で、『人脈』と『戦友』とは異なるわけですが、本物の『人脈』とは損得勘定が一切入り込まないものであり、その点では両者は本質的に同じということになります。

ではなぜ、これまで『人脈』の本質に気がつかなかったのでしょうか。それは、心が狭く、視野が狭かったからに他なりません。

私と同じくらい真剣に人生を行き、同じくらい苦労を味わい、同じくらい技能を磨いている者だけを、私は認めてきました。そうして得た者が『戦友』となり、私は『戦友』さえいればよいと思っていました。

しかし、『戦友』しか認めない生き方では、自分が与えられる幸せの数は非常に少なくなります。もし仮に、考え方を変えることで、もっともっとたくさんの幸せを与えることができるとしたら、その方が自分も幸せになれると思います。

そうして考えると、『人脈』とは、自分が心から応援してあげたいと思え、自分の得意なことで喜ばせてあげられる人、且つ、自分を応援してくれ、それぞれの持ち味を活かして自分の役に立つことを喜びとして感じてくれる人を指すのだと思います。

まあ、そんな定義などどうでもよく、要するに、


  • いろんな人の役に立っていると実感できることがうれしい

  • いろんな人に助けてもらっていると実感できることがうれしい


と感じており、生まれて初めてこれほど人との係わり合いの中に喜びを見出したことはなく、自分の変化に驚いている次第です。

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