子宝どっとこむ
システムとは何ぞや
昨夜あたりから『システムとはそもそも何ぞや』という命題を掲げながら哲学にふけっています。
といって、これまでの不勉強を棚上げして、これほどの概念を2日で完全に理解することは無理な話。
ということで、多少引用するだけで当面はお茶を濁すことにします。
永井俊哉講義録 第31号
システム(system自然科学では系とも訳される)という言葉は、ギリシャ語の「結合する」という意味の語に由来する。だからシステムは、常識的には、結合された要素のまとまりとして定義されている。この定義は、システム/要素関係を全体/部分関係と同一視しているわけだが、システムは部分から合成された全体ではないし、ましてや全体と部分との空間的な包摂関係ではない。システムは単なる要素の集まり以上であり、この「以上」が選択性である。システムは、要素をどう結合するかを選択し、そして選択された結合様式が、システムの構造となる。システムとは、選択すること以外の何ものでもないと言ってよい。
《中略》
システムを構造と絶対的に区別することが不毛であるもう一つの理由は、区別が相対的であるということである。あるものがシステムか構造かは、観点によって変わってくる。氷山を自己組織的とみなすならば、それはシステムである。極条件によって規定されていると考えれば、氷山は、地球システムの構造の一部分(サブシステム)である。
では、この世界には独立自存のシステムがあるだろうか。おそらく一つもないであろう。どんなシステムも基礎付けのネットワークの中にある。だから選択される構造は、選択されるシステムと同一視しても実際上の問題はない。しかし概念上両者を区別することは可能だし、少なくとも哲学にとっては必要である。
最後に環境の概念を検討しよう。システム/環境関係は、システム/要素関係が全体/部分関係と混同されがちであるのと同様に、内部/外部関係と混同されがちである。こうした空間的な概念把握はナイーブであり、不毛でもある。
《以下略》
地球システムから個々の人体における生命システム(更に各臓器システム)、資本主義システムから会社のビジネスシステム(更に個々の業務システム)。システムと構造、システムと環境、全体と部分、外側と内側、全ては主観的、相対的な定義ということでしょう。
しかし、システムは単なる要素の集まり以上であり、この「以上」が選択性である。というのはどういうことなんだろうか?
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