子宝どっとこむ

 

 清太さんって節ちゃんのお父さん?

今日、bianが大好きなこの映画を観ているときに、この題名の台詞を言いました!(笑)
彼女は今、作品中の人間関係の把握に夢中なのです!説明しましたよ~、「いやいや、えっとね・・・軍艦マーチが掛かって花火が上がる時に、大きな光る船に乗って敬礼しているおじさんがいるでしょ?あれが清太さんと節ちゃん2人の”おとーさん”で~、清太さんは節ちゃんのおにーちゃんだよ。だって節ちゃんに”にーちゃん”って呼ばれてるでしょ?」と。(^_^)b

bianは3歳になる少し前に「ほたるの墓」に初めて触れて以来、同年代の節子ちゃんに自分を重ねることが多いです。

初めて観た後はすっかりサクマ式ドロップ缶を欲しがるようになり、キオスクでVulに買わせていたり(ちょうど節子ちゃんの絵が描いてあった!ヤラれた★>_<)、スキップしながら「ろろっぷ、ろろっぷ♪」と言っていたり、「もう全部食べちゃったからお水入れて!」と走りながら空き缶を持ってきて、私が水を入れて振った後、それっぽい湯飲みに移してあげたら、「わ~♪せっちゃんと一緒だね!(ゴクゴク)・・・は~、色んな味がする~♪(更にゴクゴク)全部飲んでしもーたー♪」と完璧に真似しています。(笑)

横に歩くカニを初めて見たときは「ちょっきんちょっきん、ちょっきんな♪」と横歩きしていたし、ダダコネしてる時には、「あかんあかん、おかーちゃん、どこもいかんといて~」といくつかの場面が合成された台詞を作り出したりしています。(初めて聞いた時にはさすがに何?とビックリした☆)
七五三が終わって私はbianをショートカットにしたかったけど、彼女が髪を切る事を怖がって執拗にイヤがった時も、「節ちゃんみたいにしたら、きっとbianは似合うよ♪」の一言でOKが出て、以降は楽しく風呂場で散髪出来ています。もちろん毎回「やっぱり節子はおかっぱが似合うで」と私が清太さんの真似をして、オリジナル台詞でおだてることを忘れませんが!(笑)。


さて、映画の話ですが・・・観るたびに、「今の時代に生きていることは、感謝だな」と思います。当たり前のように目の前には食べ物がたくさんあり、平和な生活が営めていて、経済的に発展した社会の恩恵に浴しています。

反対に節子ちゃんは、我慢と恐怖の世界で生きています。両親は共にもう生きていません。安心出来る場所はおにーちゃんの腕の中だけです。防空壕は暑くて嫌いだけど、生きるために入らなければならない場所です。しかし、死の意味も知らなければ金銭の価値も食料の入手方法も知らない彼女にとって、我慢してばかりで楽しみの無い、清太さんと一緒に肩身の狭い思いをするばかりのおばさんの家は地獄です。清太さんは節子ちゃんの幸せが自分の幸せなので、後先を考えずに洞穴で生活することを選択します。が、衛生的な環境も栄養のバランスも自分たちだけでは維持できないあまりに、肉体的にも精神的にも健康を害した結果、命を落としてしまいました。

安全と健康。そして愛情と楽しみ。
それが人間が幸せに生きる上で、大切な条件なのだと身に染みて思います。

爆撃機がやってきて焼夷弾が降ってきた後、町が焼け野原になってしまっている冒頭シーンは、「家族や財産を、一瞬にして他人に奪われる恐ろしさ」を考えさせられるし、畑から食料を盗む清太さんが捕まるシーンでは、「生きるためには食べることを拒むことは出来ない」と思います。
節ちゃんが満たされないあまりに食べなくなり、最後にやせ細った顔で「おおきに」と囁きながら死んでしまうシーンでは、病気で子供がどんどん小さくなって死んでしまった人の苦しみや悲しみを思います。亡き骸を抱きしめて一晩中眠れない清太さんは「もう尋常な精神を持っていないのか・・・それとも全てを失った人間はこうなってしまうのか」と考えると涙が止まらなくなります。

何度観ても、「戦争は何も幸せを生み出さない」と強く思います。無線やレーザーやGPSシステムが戦争から発展した産物で、いかに現代の世の中を便利にしているかと謳われても、私は「別に無くてもイイものじゃない?」と思ってしまいます。(無線は第一次大戦後、レーザーは第二次大戦後、GPSは湾岸戦争後です)

確かにそれは、あったら便利です。でも、それで儲かっている人は嬉しいのかもしれませんが、戦争によって科学技術が発展することをイイコトのように宣伝されると、「じゃぁ、”だから戦争しても構わない”って?」と憤りを感じます。「戦争の後に必ず世の中が便利になっていくのなら、科学技術の進歩のためにも戦争が必要だ」という論理ですよ?通らないと思います。(あの怖いおばさんに「通りません!」って言ってもらおうか?!+_+)

南太平洋での核実験を正当化する欧米在住の核科学者を、あなたは笑って許しますか?「まずやるなよ!やるなら自分が住んでる家の前でやれ!」って思いませんか?(今はやっと禁止されました。かなり手遅れだったけど、その後も何もされないよりはマシでしたね)

外科医学の発展に寄与するからと死体解剖をしている学者に、「じゃぁ私の親が死んだら、どうぞ切って役立てて下さい」って言えますか?投薬の実験をしている学者に、「将来の世界のためなら、自分の体でどうぞ安全性を試してください」とにこやかに自分を差し出せますか?(ユダヤ人がドイツ人医者に切り刻まれたり投薬実験されたことをご存知でしょうか?その「人体実験のお陰」でその後は急速に薬学が進歩したと言われています・・・特に麻酔など)

それらはもう過去の話なので、批判してもしょうがないことです。
しかし、これからの戦争が生む利便性をも、私たちは大らかに認めていてイイのでしょうか。

私は「21世紀は地球上から戦争を無くしてしまわないと、人間が自滅する時代だ」と感じています。食料戦争が起こると言われていますが(主に水の奪い合いですね)、土地や食べ物を奪い合っているだけでは飽き足らず、宇宙の星までを奪いに行くような科学技術って、果たしてこれから先も必要なのでしょうか?(アメリカの火星探索は「地球号を乗り捨てる時代が来る」と予見した学者が始めた研究なのです)

人間はどこまで強欲なのでしょう。それは人間自体が生まれ持っている性なのでしょうか・・・これはナウシカの原作にあるテーマなのですが★(^_^;)

話が随分と大きくなってしまいました。(汗)


子供2人が主人公のアニメーションでありながら、ここまで切実で悲しく、生きることの苦しさや家族の絆の強さを描き、命のはかなさや生きるための知識の必要性などをメッセージとして伝えてくれている、ジブリの相変わらずのイイ仕事っぷりに感謝して、毎度涙を流しながら観賞しています。

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