子宝どっとこむ

 

 言葉で育っていく子供たち

  • Jul082005
  • Author: NameP
  • Categories: 子育ち

子供というのは、大人から見て、残酷なほど素直で直情的な生き物です。
あくまで「大人から見て」という意見ですが、それが人間の本性なのだろうかと不思議に思うほど、奪い合ったり、権利を主張したり、ヒドイ言葉を吐いたりします・・・例え2歳児であろうとも。(^_^;)

大人は理性で様々な感情をコントロールしたり、言葉を飲み込んだり、表情を取り繕ったり、意見を言ったり聞いたりをして生きています。子供はその訓練中だから、上手くコントロールできないだけよという考え方もありますが、果たして「理性的な人間」というのは本当に「生き易い生き物」なのでしょうか?それを32~3歳の子供に押し付ける必要性ってあるのでしょうか?子供自身がそうならなければ上手く友達と付き合えないことに気が付いたら、スグに変わると思いませんか?

もちろん人間は高度な経済社会を形成しているので、社会性や協調性と呼ばれる能力(?)が全く無いと「周りと上手くやっていけない」し、「集団で暮らせないと豊かな人間関係は築けない」んだ、というのはごもっともだと思います。
でも果たして、「3歳でそれを身に付ける必要があるのか?」が、私の疑問点です。

私は10歳くらいまでに様々な感情のコントロールや周囲の雰囲気を察知する能力が身に付けられる環境で育てておけば、おのずと子供自身が学習して身に付けるモノなのではないかと思っています。
「3歳で出来ないと一生出来ないまま」という宇宙の法則はありません。(「3つ子の魂、百まで」という言葉は「好きなことや特性は、その人から死ぬまで離れない」というポジティブな解釈であると思いますから) その環境とは、幼稚園や小学校も当然含まれていますが、やはり基本は家庭環境でしょう。子供が人格の基礎を築き上げて「常識」を身に付けるのは全て家庭内だと私は思います。

未だ生きる世界の狭い10歳までの子供にとっては、両親や家庭が「フツウの基準」で、親が「一番身近な憧れる大人」で、親のかける言葉を浴びて基本人格や価値観を形成していく過程にあると思います。だから、学校でイヤなことがあった、幼稚園で友達とケンカした、先生に誉められた、と外の世界で様々な経験をしたことを全て親に話し、その親からのコメントで物事の捉え方の価値観を作っているのだと思います。

「譲って負けるくらいなら、奪って勝つほうに回れ」「奪われるくらいなら奪うほうでいい」「悪口を言われたらお前も言い返せ」といったことを親が言うと、きっと子供も「そうすればいいんだ」という感覚で友達と付き合います。「そんなこと我慢しなくてイイのよ」「イヤだったら食べなくてイイ」「キライな人とは関わらなくて生きていける」と言うと、「そっか~、そういうことは我慢しなくていいんだ」という感覚で人間と触れ合います。

もちろん、今の言葉の例は、めちゃめちゃ直球です。(笑)
でもよく聞く「親の説教」にはこれに近いものがありませんか?

「やられたら、やりかえせ」・・・目には目を?応酬(=戦争)の訓練でしょうか?
「男がそんなことで泣くな」・・・え?女なら泣いてイイの?じゃ女を泣かしてイイってこと?
「女の子はそんなことじゃ将来お嫁にいけない」・・・結婚するのが人生のゴール?

各言葉に対して屁理屈を並べ立てるつもりはありませんが、こういった日本の「オヤジの説教(?)」には、非常に曲がった価値観が存在していると思うので、私は使いません。
たまに「制裁を加える」という言葉を子供には使いますが、それは相手に自分の受けた痛みを伝えるために、噛まれた子犬が兄弟子犬を噛み返すような感覚でやれ、と言っているレベルです。全部の痛みを受け止めるだけで我慢しろ!と言ってるわけではないことを子供には理解して欲しいので、理不尽な我慢はさせませんよ~(^_^;)


言葉というのは、現実化します。
言霊という言葉が存在するように、望みを口に出していると必ず叶うそうです。呪いを口にすると呪えるのかもしれません・・・もちろん、愚痴や文句ばかり言っている人に、イイことはあまり起こりません。

親が子供にかける言葉のシャワーって、とても重大なモノなのです。
植物に毎日水をやるように、子供にかける言葉で子供が成長するからです。

奪いあう、権利ばかり主張する、残酷なことを言う生き物に見えますが、それは包み隠すことの無いその子供の気持ちです。
今あなたがそれを「フザケルナ!」と否定すると、15年後に自分に返ってくるでしょう。親心から子供のために言っている本心からの言葉に、「クソッタレ!」「黙れ!」と言われたいですか?

「やめなさい」「いい加減にして頂戴!」「そんなことはあなたには出来ないから」「無理だから諦めなさい」と言って育てると、最初から挑戦せずに諦めてしまう、いい加減な考え方の自信の無い子供になると思いませんか?その言葉のシャワーをかけた環境で育っているから、そうなるのです。言葉は現実化しますから。

ではあなたは、子供にどういう人間になって欲しいと願っていますか?

奪い合う人間ですか?
感情の薄っぺらい人間ですか?
我慢ばかりしてストレスを溜め込んで、犯罪行為にハケグチを求める人間ですか?
自分の意見を、何のはばかりも無く雰囲気も読めずに、ズバズバ言う周囲は敵だらけ人間ですか?

こんなことを子供に願っている大人や親は居ないと思います。

ではそうならないように、否定の言葉をかけるのでしょうか?
「それはしないで」「絶対やめなさい」「○△はやめて頂戴!」「●○はダメだからね」など?
・・・否定の文章しか使えない子供になりそうですね。否定的な思考回路が出来上がりそうです。


そう、あなたが子供に願った人物像は、名前に出ているはずですよ!
お子さんが生まれた時の、最初の気持ちを思い出してください。
「健康であればそれでいいよ」「優しい子に育って」「広い心で寛容な気持ちを持って」「心身ともに強い人間になって」「身もも心も美しく」「平和のために貢献する人間に育って」「海や空、花や鳥のような自然を愛する心を大切にして」・・・そう願って名づけを考えましたよね?

それを是非とも思い出して、お子さんに話してあげてください。親の願いは必ず肯定的なはずです。

これからは少しずつ気をつけてみてください。
きっと子供はスグに変わりますよ~、だって恐ろしく素直な生き物ですから♪(^_^)

「子供には肯定文で話す」
「出来なかったときに怒るのではなく、出来たときに倍ほど感謝する」
「ガミガミダラダラ怒らずに、ビシッと1回叱る」
「親のその時の感情を、言葉と表情で伝える」
「まずは子供の言葉をオウム返しで受け止める」

こういったことは、アドラー心理学を伝える方やコーチングを学んでいる方が唱えていることです。

●アドラー心理学については、私は野田俊作さんの本を読んだ程度ですが、非常に興味を持っています。調べて見たい方はどうぞ! 日本アドラー心理学会HP→http://www.adler.cside.ne.jp/


親は完璧である必要はありませんが、10歳までの子供には理想の大人です。「お父さんみたいになりたい」「お母さんと結婚する」と言われてイヤな気持ちになる親は居ないでしょう?(^-^)

では子供が11歳になったら「もう言ってくれない」のは当たり前なのでしょうか?子供が例え20歳30歳でも「お父さんを尊敬している」「お母さんって素晴らしい女性だと思う」と言われたいでしょう?

そう望むのであれば、それに値するだけの「人間力」を持ちましょう!
広く社会を見聞きした子供にも、まだ「素晴らしい親を持って、私は幸せな子供だ」と言われうる人間であるために、2~3歳の子供の内から親が人間を磨いて生き、子供に接しましょう!

そして親子が共に幸せになれるのであれば、こんなに豊かで嬉しいことはない!と思いませんか?(^_^)

アドラー心理学やコーチングについては、学んで子育てに無駄なことは、ひとっつも無い!と言い切れます。全てが役に立ち、実践すると子供が変わります。豊かな親子関係を築きたい方や、壊れかけた親子関係を修復したいと願う方、危うい関係を懸念している方は、お勉強してまずは自分から変わってみませんか?


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