子宝どっとこむ

 

 授かりモノ

  • Jul152005
  • Author: NameP
  • Categories: 子育ち

「子供は授かりモノだ」という言葉は、あなたもよく耳にすると思います。それは受胎する際に多く使われると思うのですが、私はそれだけではないと思っています。もちろん「狙って妊娠、自分の人生の思い通りのタイミングで思い通りの性別の子供を生んで育ててる!」って思っている方も、広い世の中に居るかもしれませんが、やはり「授かりモノ」だと思います。

そして「名前も授かりモノだ」と私は思います。bianも、hikaruも、「自分たちで決めた」というよりは「インスピレーションを受けた」という感覚でした。bianなどはお腹の中からテレパシーを送ってきたのではないか?!とさえ思えてしまうような決まり方でしたし、hikaruも早くから漢字まで決めていたのに人名に使えないことが予定日の2週間前に判命し、呼び名だけは残して漢字を変更したという経緯があるので、多分「こう呼んでくれ」という生まれてくる子供の魂から出る「ご要望」があるのでしょう・・・(笑)

更には「性質・気質も授かりモノだ」と思っています。親がコントロールして左右できるようなジャンルのものではないのが、性質や気質です。これまたご先祖様から譲り受け続けているだけではない血が決定するのか、それだけではない宇宙からの何かが決めているのか・・・?(^_^;)
賢いとか運動神経がイイとかいう表面的なモノではないその子の本質的な部分である、「気質」というのは、親がいくら「気に入らないな~育てながら変えよ~」と努力したって変わらない、正に「授かりモノ」です。

要するに、「子は授かりモノ」という言葉は、「子供を受け入れて、それら全てに感謝することで、毎日が幸せになる宝物」ということなのだと思います。

新しい命が授かったら「よかった♪これから先、色々と楽しみだな」、名前が決まって初めて呼べたら「○○ちゃん、初めまして。お蔭様で親になれました」、2歳くらいになって人間性が見えてきたら「あぁ、こういう子なんだね~。先が楽しみだなぁ♪」と考えることが出来たら、子育てって「子育ち」に変わると思いませんか?その子はその魂を持って親を選んで名前を指定して生まれてきてくれたのですから、「ありがとう」と丸ごと受け取ること、それが親の一番の仕事ですよね。

自分たちの夢を叶える子供に育てよう、こういう教育を受けさせてみたかった、自慢の我が子に育てたい、子供は親の指示に従って当たり前・・・という態度で接しているのは、私には「子どもは親の娯楽の道具?」という風に見えます。
親の果たせなかったバレリーナになるという夢を果たすために泣きながらバレエ教室に通う子供は幸せなのでしょうか?インターナショナルスクールに通う生粋の日本人の子供って本当に最高の教育を受けられて幸せなんでしょうか?毎日習い事に忙しくてお行儀は良いけど仲良しの友達が一人も居ない子どもって幸せそうでしょうか?ご褒美とダメ出しばかりで操作されている子供は幸せな人生を歩めているのでしょうか?

子供が持って生まれた本質(その子自身が持ってきた宿命)を見抜けたら、親子共に幸せでしょうね。それがなかなか難しいのがまた面白いのですが、2~3歳までで気質が判ってきたら日々接している時間やワガママの扱いも楽しくなってくると私は感じています。

bianは甘えん坊で、責任感や正義感が強い、世話好きな女です。(「こういう人です」を参照)
2年2ヶ月一人っ子だったためだけでなく愛を多く求める性質を持っているようで、世話焼きで自分が忙しく人を見る分、自分もよく見て欲しいと願っているようです。そして間違っていることがキライで「ルール違反だよね」とか「路駐ってイヤだなぁ」とかよく言っています(←言葉的には多分に私の入れ知恵ではあります★^_^;)。お手伝いも上手で観察力や直観力が強いので、母として女として見習う部分が多いです。

その辺が判ってきたので、最近彼女とは非常に穏便にやりとりをしています。

bianを崇めている訳ではないのですが、彼女の発言は非常に重視して、「じゃぁ行ってみよう」「やってみるか」と同意して一日を過ごしてみると、「あ~楽しかった、bianがいい提案をしてくれたからだね!」という日が多いのです。また突飛なこと言うな!と当初は思っていたことも、「出来なくも無いかな」というレベルである限り挑戦してみると、イイコトがあったりするのです・・・星の強い人なんでしょう。

hikaruはまだあまり喋れないし主張も少ないので本質が半分くらいしか見えていませんが、基本的に受容と自立の人です。親切はあっさり受け入れて人に甘えるのが上手だし、自分で出来ることはサッサとやってしまって1人でやりたいように遊んでいるのが、好きで楽しい様子です。しかしその工程を誰かに邪魔されるとキーッと怒るあたりはbianと一緒でマイペースなのかもしれませんが・・・あまりにも「ぼへー」としてると不安になるので「そのくらい自己主張していこう!」と思って眺めています。怒りン坊な時も多いけど痛いから怖いから泣くということをあまりしないので、bianの2歳までと比べてしまうと全然泣きません。夜泣きもほとんど無しで、「怒った時とものすごく痛い時しか泣かないの?」という位に無駄に泣かない人です。自立しているので感情のコントロールも出来るとか?と疑ってしまいそうです・・・・・・1歳半で?!(爆)

それが判ってしまえば、邪魔しないように温かく見守る、やりたいことで危ないことじゃない限りやらせてみる、少々痛い思いをしてもケロッとしているのなら怪我して汚れて育てばイイという手法で、「目では見てるけど世話はほったらかし」なので、かなり簡単です。(笑) 

そして2人とも、かなりいい感じで育っています。

授かった魂を傷つけないように大きく育ってもらえる環境を整え、お勉強だけじゃない「体験を通した学び」を重視して人間性を高めてもらう(経験値を上げる?)、といったことに親が注力しておけば、余計な言葉や習い事が無くても、子供はどんどん育っていってくれるんだなぁ、と実感している日々です。

あなたは、親のコントロール下に大人しく入っている子供を、あなたの理想としていますか?何歳までコントロールしてあげて、何歳で自由にしてあげるんでしょう?具体的な計画がありますか?
そして毎日よく見ているはずの子供の目や顔は、幸せそうに輝いていますか?「目は心の窓」です。大人が幸せなら、子供も幸せになれます。逆もまた有り。
あなたはどうですか?お子さんはどうでしょうか?
一度じっくり観察してみると楽しいですよ。

 Trackback Pings(0)

No trackbacks found.

 Comments(3)

#1: Posted by Ayuki [RES]

私の叔母は
「子供は、預かり物だと思って育ててたわ。客観的過ぎるかな?(笑)」
という新解釈を披露してくれました。

授かったとなると、親の所有物っぽい感覚もあるかもしれないけど
預かり物だと、一時的にお預かりして、お返しするもの
って感覚になるなー、そしたら子供への接し方も換わりそうだなー、
面白い考え方だなーと思いました。

子供の立場からすれば、親ってなんなんでしょうね?
自分で選んだもの?
気付いたらここにいた?

個人的には、誰の所為でもなく、自分でこの両親を選んで
今世に産まれてきた、という解釈をしとりますが。

#2: Posted by Vulcan [RES]

この場合、選択が存在するのかどうか、本質ではないと思うので、
あまりこだわらないようにします。

子供は鏡、子供は人生の師、子供は自分自身、子供は生きる目的そのもの、
そんな気がします。

#3: Posted by Ayuki [RES]

子供は鏡、子供は人生の師、子供は自分自身、子供は生きる目的そのもの・・・

きっとどれも、その通り!なんでしょうね。

私自身は、今のところ想像することしか出来ないので
実際に子どもと接していくうちにどんな想いになっていくのかな~?
と楽しみです。

 Post a Comment

コメント用フィード