子宝どっとこむ

 

 自宅出産に向けて・・・(5)hikaruの出産話

  • Oct042005
  • Author: NameP
  • Categories: 子育ち

hikaruは2004年1月2日13時43分に4122gで生まれてきました。身長は53.6cm、胸囲35cm、頭囲36cm。どのデータをとっても「デカ!」と助産師さんたちを驚かせるに十分だったらしく、出産直後も、「胎盤800ですーっ!」「羊水まだ出るね~」と全てにおいて笑われていました。(^_^;)

とりあえずhikaruは「デカイ人」というネタで生きていますので、その出産話を面白可笑しくお伝えします。(彼は常にドリフキャラですから・・・出産時から既にその素地は出来ていた?>_<)

予定日は1月6日でしたが、かなり大きく育っていたので「早めに出る?」と期待していたものの、年内は叶わずに年越しを迎えてしまいました。大晦日はVul祖母の家にVul親族が集まっていたので一緒にK1や紅白などを眺めつつ、「出てこなかったね~」とVulとウダウダしていました。年を越えて初詣も無事に済ませてしまい、Vulとbianとが「1泊だけ高松に行ってくるわ」と1日の夕方からVul両親とVul祖母と共に橋を渡っていってしまいました。

そして2日の朝10時半頃、NamePの実家で年賀状を眺めてケチをつけたり子供の成長に驚いたりしていたら、「ズドーン」といきなり急激な陣痛に襲われました。と同時に激しい便通。「おーっ、来た来た!」とトイレに駆け込みながら、Vulが居ないことに気づき、慌てて携帯メール。でも彼の携帯は「不携帯」なので、スグに見るかどうかが怪しかったし、直後に電話も架けました。bianのイトコのguy君も来ててニギヤカに過ごしていたのですが、元々がスグに帰る予定だったので「Vul祖母ともう神戸行きのバスに乗ったらしい」ということまでは判った時点で、Vitzに乗せてもらって産院へ向かいました。

NamePの妹が「あわわわわ」と言いながら付き添ってくれて、「間に合わなくてイザとなったら、私をにーちゃんだと思って!(爆)」と言いつつNSTを取る分娩台で傍に居てくれました。新年早々で空いていたためか、「このままここで様子みていましょうね」と助産師さんは控え室に行ってしまうし、母は出されたコーヒーをすすりながら外のテーブルで年賀状に返事書いてると助産師さんが笑ってるし・・・(苦笑)
Vulにメールを出しても返事が来ないし通話も繋がらないし・・・(淡路は山間部で圏外なんだよね~=_=;)ま、バスはもう走ってるからどっちにしろ降りられないけど、三宮まで行ってしまうなら舞子で特別に降ろしてもらえないか?「子供が、子供が生まれるんです!って?」と妹と想像して笑いあいながら「やって欲しいよね!」と分娩台からメールしたり?(笑)で、そこにNamePの父が迎えに行けば早いんじゃ?!などと父親と対応策を練りながらもメールを出し続けていました。

後で聞いたところ、一向に返事が来なかったのはバスに乗るなりbianと共に寝ていたからで(携帯はカバンの中)、橋を渡るくらいで起きて初めて「えーっ!?もう産院?!」と気づいたけど、降ろしてもらうことは考え付かず、Vul祖母と「間に合うかな~」と大人しく三宮までバスに揺られていたらしいです。(笑)
そこからはNamePの父と直接携帯で連絡を取って、「三宮までVitzで迎えに行くから、ダッシュで産院に行こう!」と相談して。新年の国道渋滞を避けながらNameP父が必死で車を駆って間に合わせてくれました。生まれる15分前に分娩台に奇跡の到着でしたよ~♪

私は11時ごろから産院に居て、携帯メールを出しつつ妹と「またウンコ出る~」と陣痛室のトイレに通ってガツガツと食べたおせち料理を出しながら(笑)、「次にはhikaruが出そうだよ~」と笑いつつも激しくなる陣痛に耐えていました。とっとと出せそうだったけど、Vulがまだ舞子~間に合わない~と我慢している状態?(爆)

13時ごろから「やべ~出しそ~」と子宮口8cmで頑張っていて、隣で妹が携帯メールを見ながら「今三宮出てるから!」「もう長田だよ!きっと間に合う!」と実況中継してくれていました。13時30分にVulとVul祖母が「どーですかー」とbianと共に現れてくれたお陰で「あ~、もう出してイイね!間に合った!」と思えて、やっと分娩室に入ってきたNamePの母と5人が頭の上に居る状態で、「じゃぁもう一気に出しちゃいます(笑)」と15分後にはhikaruを出しました。

院長先生は13時ごろから呼び出されて足元でウロウロしていたので、「もう・・・正月なのにすみませんね~」と言ったら、「ははは、そういう商売ですからね~元気なお子さんが生まれてくれたら結構結構(笑)」と答えてくれたりしてたけど、相変わらず助産師さんが全部やっているという印象が強かったです。

「うーん、ウマイね~」「そーだなー、あと3回かな~」「痛くないときは逃して逃して」などは以前と似ていて(偶然bianの時と同じ助産師さんだったからかな?)、「今、頭出てきたよ~、わかる?男の子は肩で一回引っかかるからね、1回休憩するよ。でも次で出すよ~」という実況中継を聞くと、「うー、映像で見たい!」と思えてきました。(笑)

分娩台はbianの時より広くて乗り心地(?)が良かったのを覚えています。第一分娩室だったからかなぁ?(bianの時は第二だった)「好きな格好で産んでいいよ~こっち向きでイイ?」と13時過ぎに言われたので、「ココに足を引っ掛けて」などは無く、「コレが落ち着いてるのでこのままでいきます」と右向き・横寝の体勢で産みました。NameP母もVul祖母も「あらぁ、いいわね~自由で」と頭の上で感心していて、現代の産科は進んでいるわね~といった類の話をしていたのを聴いていました。(←冷静)

そして13時43分にガボガボ言いながらhikaru誕生。「あ、羊水飲んじゃったから吸ってるよ」と助産師さんが解説してくれて、初めて「ぎにゃー」という声が出るまでに2分くらい時間が経ってたのが可笑しかったです。だって「わー出た出た!」(←私)、「うーん、やっぱでかいぞ!」(←Vul)、「おとーと、生まれた?」(←bian)、「やっぱり感動するわね~」(←NameP母)、「すごーい、2人とも立ち会えたよ!」(←NameP妹)、「本当に自然分娩ね~おめでとう!」(←Vul祖母)などと、周囲の人間ばかりが喋っていて、産声が聞こえないんだもん・・・本人はまだガボガボ言ってるのに、「わーいわーい」ってすっかり周りが喜んでいるのが可笑しかった!!もちろんそれらはシッカリと記念にもらえる産声テープに録音されています!(^o^;)

そして体重は?!とみんなが助産師さんに注目していたら「わー、4122g!大きいわ~」と大声で叫んでくれたお陰でみんなが「4100g!」と揃って驚き、手伝っていた2人の助産師さんも「えーっ!それはすごい!」「新年早々大きな子が出てきたわね~」と同時にビックリ。(←さすがに助産師さん3人ともが驚いているので珍しいんだろうな~と実感)

更に後産を引っ張った助産師さんが「胎盤800です!」と言うと、残り2人が「800?!」と復唱し・・・思わず、「800gってことですか?それって大きいんですか?」と聞くと「大体500とかじゃないかな・・・(笑)」と返されたので、デカイ子を育てるに足りる位にたくましい胎盤だったのね!と笑っていたら、更に「まだ羊水出るね・・・ちょっと押していいかな?」とお腹を押していた助産師さんが「うわ~、まだ出るよ~どんどん出るよ~(爆笑)」とウケているので、「そんなオカシイですか?」と笑いながら聞くと、「うん、もういいだろーって思ったんだけどね~。よっぽど居心地良かったんだろうな~。出てきたくなかったくらいにしっかりしてたんだよ、お腹の中が!(^o^)」と言ってくれたので、「窮屈じゃなかったんならイイや」と思えました。

今回は出血は「少量(400ml)」に丸がついていたし、分娩所要時間も「4時間」。超が付くほどにスピード安産の自然分娩でした。会陰もほとんど裂けず、「ちょーっと切れたから2~3針縫っとくけど・・・これはスグ治るね」というレベルだったらしいです。(座ってもほとんど痛くなかったし)

bianはNamePの母たちと一緒に1時間ほど居たけれど、つまんないだろうから、と連れて帰ってもらいVulと3時間ほど分娩台で休憩していたら、Vul母の妹夫婦が「おめでとー!」と分娩室に来てくれました。たまたま新年の挨拶にVul祖母の家に行く直前に「さっき生まれたから、まだ産院に居るって聞いたので寄ったのよ!」と駆けつけてくれて、「すごーい、私たちが一番じゃない?」と笑ってhikaruを見て行ってくれました。

そして4時ごろに「そろそろ病室に行こうか」と助産師さんに言われ、「全然元気だし、歩けます」と分娩台から降りたものの、予想外にフラついて歩けず。Vulと助産師さんに両脇を抱えられてEVで相部屋まで歩いて行きました。スタスタと行ける気分だったんだけど・・・とベッドに寝てからもVulと不思議に思っていましたが、送ってくれた助産師さん曰く「今までデーッカイ湯たんぽ抱えて歩いていたから、急に軽くなってバランスの取り方が判らなくなってるのよ(笑)」とのことでした。
しかしbianを出した翌日は3kgしか減ってなくて「なんでやねん!」って思ったのを覚えてるから、やっぱり測ってみよ~と夜のご飯が来る前に洗面所の体重計に乗ってみたら、8kgも減っててビックリ!!直前に便通が良くなってガンガンに宿便まで出るようなウンコを出した分を含めても、「そら歩き方もワカランくなるで!」と1人で突っ込みたくなるような減り具合だったので笑ってしまいました。

豪勢な晩御飯を見たらVulもお腹が空いたらしく、「じゃぁ帰るわ」と食べ終わったのを見計らって帰って行きましたが、その18時の「おめでとう御膳」を食べながら、「第三子は自宅出産でもいけそうだよね」と笑っていたのを鮮明に覚えています。そのくらいに「安産」だったし「自然分娩」だったし「助産師さん頼み」だったのを、Vulも見ていてくれたからこそ「そだな、いけるな」と返してくれたのでしょう。(^-^)

そして「入院スケジュール」を受け取った夜には、「元気だし正月に病院に居てもツマンナイから3日くらいで退院したいんですけど」と助産師さんに伝えたところ、「それは自由だけど・・・実家でちゃんと休める?」と心配してくれたくらいでした。私は日々の食事代や新生児監視料などが加算されるくらいなら、早く退院して費用を抑えたいし、bianと実家でのんびり過ごしていたいし、Vulの正月休みが明けてしまう前に退院したいと思ったので、「じゃ、5日に退院します」と宣言してしまいました。(産後4日目だ~)

そして翌3日はNameP親族が実家に大集結する日だったので、NameP母は大忙し!でした。その分合間を縫って私のところまで「おめでと~」と親族が次々に(近いからバラバラと適当に・・・)来てくれたり、働いている女友達が「まだ正月休みだし~」と誘い合わせてお祝いに来てくれたり、「突然やけど」とVulと共通の友人がフラリと来てくれたり・・・たった3日しか入院してないってのに、枕元に一体何人来たかな?!という位にたくさんの人たちが来てくれました。相変わらず「相部屋でコレって迷惑?」というレベルでヤカマシイ・・・分娩台から既にニギヤカだったし?(爆)

でも私はそういう、「家族と多くの親族や友人に見守られてニギヤカな誕生を迎えたい」と願っていることが今回で更に判明したので、「やっぱり産院より自宅で産みたいよね」と1人ベッドで考えていました。だって「おばーさんまでが立ち会ってくれるなんて・・・すんごい幸せな出産だよ!」と私は感激したもん・・・成り行きだったとは言え!(爆)
 
NameP父が全力でvitzを走らせてVulとbianを私に届けてくれ、NameP姉も「また間に合わなかった~」と言いながら直後に産院に来てくれ、NameP母と妹は立ち会ってくれてるし。家族に見守られて新しい家族が生まれてくるんだもの、それが本当の姿なんじゃない?って嬉しくてしょうがなかったです。タイミングがイイからたまたま5人も分娩に立ち会ってもらえたけど、コレが3日の親族終結の日だったら・・・と考えると、絶対にNameP母は立ち会えないし、妹や姉も準備や片付けに追われるので来れなかったかもしれないし・・・Vul祖母もわざわざ立会いに来ないと思うし・・・そーなるとVulとbianだけだったかも?と思うと、「2日で本当に良かった!私の子供たちは生まれる瞬間から本当に親孝行だね!」とVulと感動したのも頷ける話でしょう?bianも月曜日にVulが立ち会え、土曜日に一緒に退院出来たんだし!(^-^)

これが自宅出産なら、「間に合わない!」ってのも平日の昼間でもあり得ない話で(Vulの通勤は50分程度)、産後も毎日自宅に居るから「子供に会えない」「1人で寂しい」ってのが無いし、生まれる瞬間に家族がみんな立ち会えるのも当たり前って状況じゃないの?と入院中ずーっと考えていました。

ただ、hikaruは大きかったので、産後2日目から脱肛が始まりました。出産当日はやはり興奮状態で眠れず、眠かった2日目も、ニョロニョロと出てくる違和感が気持ち悪くて「・・・なんじゃこりゃ?」と眠れず。2日間ほとんど寝ていない状態で、助産師さんに「何かありませんか?」と朝晩に聞かれる時に、さすがに「なんか・・・出て来て気持ち悪いんですよ・・・眠れないくらいで・・・座ったら痛いし?」と相談したら、とりあえず見てくれました。そして、その反応は「・・・うわっ!(←驚愕の表情)」です。(爆)

助産師さんという人たちは職業柄、「妊産婦を不安にさせない言動を取る」という人たちだと私は思っていたので、「え?その反応って?」と即座に思い、「えーっと、そんなすごいんですか?」と笑いながら聞くと、「・・・ごめん、今スゴイ動揺した・・・(苦笑)これは痛いわ~。座薬入れようか?ってか入れないと痛くて今晩も寝れないよ~?」と笑いながら言われたので、「じゃぁお言葉に甘えて入れて、寝ます」と答えたらスグに持ってきてくれました。そして「入れまーす」と座薬を入れてもらって(←もう産婦と助産師って、「恥ずかしい」とか無いね~^_^;)、「とりあえずこれで6時間くらいは痛み止めになるからね。また痛くなったら次を入れるしかないかな。しっかしすんごい腫れてるし・・・コレはヒドイと思うで・・・(笑)よく今まで我慢してたね。いつから?」と聞いてくれました。

状況がよく判らなかったけど、どーやらお尻の穴から腸が出てるらしいということが判り、「4日の朝から・・・いや3日の夜からか。だからロクに寝れないんですよ(苦笑)」と言うと「そりゃぁ寝れないわ。これはひどいもん。我慢してたらアカンよ~、休まないと」と言って去って行きました。私は「・・・助産師さんがビックリしたのはhikaruの体重や胎盤の大きさだけじゃなく、脱肛のスゴさまで?」と思いながら、「いつごろ引くんだろ~」と考えつつスグに寝てしまいました。

そして5日に退院するということで院長先生に診察してもらったところ、「わ~・・・これは痛そうですね」と無口な先生が気の毒そうな顔をするので、やっぱりヒドイらしいということは更に確信になり、「うーん、でもその内に収まるんですよね?」と返したら「基本的には時間薬です。でもあんまりヒドイと座るのも痛いし寝れないですし・・・1週間分の座薬を出しますからご自分で入れて対処しておいてくださいね」と言われてしまい、「自分で座薬を入れる?出来るのかな~」と言いつつやるしかないので「わかりました」と答えて退院しました。

hikaruは生後3日目の1月5日の体重は3765g。母乳オンリーで生後8日の検診に行った時は3865gでした。退院後はNamePの実家で「男だ男だ!付いてる付いてる♪」ともてはやされ(←NamePは三姉妹)、bianはしばらくVul両親が高松へ引き取ってくれていたので、とても静かな生活を続けていました。

とはいえ。

1月6日にNameP母が所属するコーラス同好会が新年の1回目の練習会場が得られず、「発表会があるのに~」と結局は実家にやってきて、朝の10時から女性22人の大合唱が2時間続いた時は、さすがにビックリしたな~(苦笑) 私は2階で「なんだなんだ?」とウトウトしながら目が覚めたけど、hikaruはグースカ寝てて「コイツ、大物!」って感じました。

hikaruはNameP実家ではTV台の真下で寝かされていたし(そこしか空いてないのか?しかも毎晩正月バラエティを付けるか?って感じ・・・で、hikaruはそのヤカマシイTVの真下で寝るか?!って話だ!@_@)、bianは2週間高松と神戸を往復してる間に精神的に逞しくなるし、Vulは高松と神戸で往復して疲れてるだろうに頑張って来てくれるし・・・と「みんなの協力あってこそ」という産後を過ごしていました。その辺の詳しい話は「その6」でお話しましょう!(^-^)

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