子宝どっとこむ

 

 自宅出産に向けて・・・(6)hikaruの生後1ヶ月ほどの話

  • Oct072005
  • Author: NameP
  • Categories: 子育ち

4122gで出てきたhikaruは4週間検診では5050gでした。同時に行われている3ヶ月検診の赤ちゃんと間違えられて「3ヶ月検診はあちらですよ~」「えっと・・・これでも4週間検診なんです」を3回やりました。(笑) 一度は「あぁ!お正月に生まれた大きな赤ちゃんよね?!覚えてるわ、ゴメンゴメン!」と笑われたりして・・・既に名物か?伝説か?と1人笑いながら、「しかし重いな~」と産院内を抱っこして連れ回していました。

生後4週間で連続睡眠時間5時間なんてあり得ないと思うのですが・・・hikaruは非常に図太い男で、NameP実家のTVの真下で3時間グースカ寝ていたり、床に置かれてるだけで勝手に眠ってしまったり、5時間も起きなくて私の乳がカンカンになって困ったりしました。ですがbianも高松に預けられて静かな生活も2週間限り・・・と思い、産後の養生だ~と安静にして過ごしていました。

しかし。

私はbianと長く離れて暮らしたことが無かったので、寂しくてしょうがありませんでした。寝不足でも養生できなくてもいいから、bianと寝食を共にしたい!hikaruもTVの下で寝せたくない!と切実に思い始め、高松にメールを出して相談し、生後2週間のhikaruと共に高松へ一週間だけ行くことにしてしまいました!(^_^;) 橋を渡って車で片道2~3時間の移動くらい大丈夫だろ~と産婦の私と生後2週間のhikaruを乗せて、迎えに来てくれたVulとbianと共に、ぎゅう詰めのVul両親の車で1月18日に四国へ向かいました。私は「自分の体が休まるのは神戸の実家でも、みんなの心が休まるのは高松だ」と信じていたので、NameP母が「そんな産後の体で移動なんて・・・」とブーイングしても「一週間だけだし~」と言い張って譲らず、強引に出かけてしまったのです。


初日の夜は移動で興奮したのかhikaruが生後初めて「夜泣きが激しくて私が眠れない」ということをやってくれ、久しぶりにかーちゃんの隣で寝れて喜んでいたbianが「hikaru君がうるさいよ~」と起きてしまったりして、「ごめんよ~」と言いつつナケナシの乳をやっては寝ない~を繰り返していて、私はヘトヘトでした。しかしVul母は「移動で疲れたかな~」と一緒に起きていてくれたり、替わりに抱っこしてくれたりして、とても優しくて感動しました。(比べるわけではないが・・・NameP母なら「ミルクでも飲ませてさっさと黙らせて頂戴」と言いかねないし、夜中に替わりに抱っこして寝せてくれたりも絶対しないだろうな~T_T)

翌日からは良く寝て良く飲む生活に戻ってくれて一安心。昼間は2週間頑張ってくれたbianへの感謝の気持ちとして色々と一緒に遊んであげたりおしゃべりしたりして過ごしていて、夜から朝までは2回起こされるかどうかでグーグーと寝たいだけ寝させてもらっていました・・・bianが飛び乗って私を起こしに来るまで、ですが。(Vul家に居てもグータラさせてもらえる幸せな嫁である私★) 
Vul両親の知り合いで同じ年頃の子供を連れて遊びに来てくれた方が居たり、近所の子供がbianと遊びに来てくれたりして、色々な方の力を借りたりおしゃべりしたりして、NameP実家に居るときよりも楽しく開放的な気分で平日を過ごしていました。

金曜の夜にはVulが東京から陸路でやってきて、「遠いわ!」と言いながら1時に高松に到着。hikaruが良く飲むから哺乳量が足りないかも~夜食を食べたりポカリを飲んだりして頑張っている~などと話して、2時ごろに寝たけど、Vulがイビキをかき出した途端に私は胃腸がキリキリと痛み出して激しい下痢が続きました。ポカリで水分補給だけは忘れなかったから2時と6時と9時の授乳をなんとか済ませたけど、12時まで体空っぽのフラフラで起き出せなくて横になっていたら、さすがに「どうかしたの?」とVul家の人々が気付いて心配してくれました。「実は夜中に胃腸の激痛に襲われて・・・食あたりかな~食べすぎかな?苦しくてロクに寝てないです・・・hikaru君には乳だけはなんとかあげていたのですが・・・」と言いながら血糖値が低すぎて立ち上がれない~と倒れこむと、「全然気付かなくてごめんなさい!せっかくゆっくり寝てるし~と思ってたわ!とりあえず病院に行きましょう!」とVul母が慌てて出かける準備をしてくれました。

内科に行くか産婦人科に行くかで悩んだけど、やっぱり産後だから産婦人科に!とVul母と2人、車で20分ほど走った産婦人科で順番を待ちました。胃腸の痛みは引いていたけどフラフラして食べられない状態だったので「もしや点滴かな~」とは思ったし、hikaru君用に産院でもらったスティック粉ミルクと哺乳瓶を留守番組(Vul父+Vul+bian)に残して家を出てきました。結局は診察で「産後にそんな移動して、自業自得だよ」と見知らぬ先生に怒られてしまい、さらには「ただの疲れなんだから内科に行けばいいんだよ」とまで言われ・・・(T△T) こっちは虫に胃腸壁を食われているかと思うような痛みと一晩闘って体空っぽの徹夜なのに~ひどいよ~と悲しい気分で、1時間以上掛かるブドウ糖点滴を受けつつ、眠ってしまいました。

Vul母は一旦帰宅してまた迎えに来てくれ、帰りの車で「やっぱり移動が無理だったのかしら・・・それとも私がせっせと食べさせすぎたから?」と一緒に反省してくれて、「とりあえず病気ではなかったしブドウ糖点滴でめちゃめちゃ元気にはなったので、これも思い出ですよ(笑)」と言いながら帰宅し、今まで以上にグータラさせてもらってから、日曜日に神戸に戻りました。

橋を渡るのに往復で1万円くらいかかるのに、私たちのためにせっせと毎週通って戴いてありがとうございますという気持ちでNameP実家に着きましたが、「実は昨日点滴打っちゃって・・・」とVul母が申し訳なさそうに報告するとNameP母の目が一瞬三角になり、「でも、もう元気そうですね。この子はすぐ無理するから・・・ご心配をおかけしました」と言いつつも”やっぱり高松なんて行くから!ほらみたことか”といった表情で私を見ていたので、「ただの食べすぎ~」と苦笑しながら、その後の「安静にしとけ光線」ものらりくらりとかわしていました。

神戸に帰ったらbianと遊んでくれる子供は居ないので、やはり私が基本的に相手して遊びます。NameP母が買い物に連れて行ってくれたりすることもあったけど、色々と走り回って忙しい主婦なので、基本的にNamePとhikaruとのんびり自宅で遊んで過ごしている日々でした。(←お陰で食べることが楽しみになってしまって太ったbian★)
そろそろ生後30日という頃には内祝いの買い物をしに元町に出たり、友達が遊びに来てくれて1日中座って喋っていたりもして、結構ニギヤカに楽しく過ごせていたかな・・・bianのトイレトレーニングも各母親の協力のお陰でほぼ完了していて、パンツで出かけたりトイレで用を済ませたり出来ることが嬉しかったのが鮮明な記憶です。

そして生後36日目の2月7日にお宮参りをしました。生後9日で親族大集結(Vul弟夫婦も愛知県から駆けつけてくれたし!)で誕生祝の宴を開き、お宮参りの後にも「お世話になりました、そろそろ千葉に帰ります」という挨拶を兼ねて、Vul家とNameP家の家族が集まれるだけ集まって会食をしているので、「子供が生まれるってのはすごいことなんだなぁ」と、bianの時に続いて私はまた思っていました。


その後は最後に会いに来てくれたお友達と会ったり荷造りをしたりして一気に帰るモードに入り、2月10日にはNameP母の付き添いでbianと共に新幹線に乗って、念願の千葉に帰ってきました。生後39日で新幹線!さすが2人目は振り回される運命だね!などと笑いながら・・・(^_^;)

この頃のhikaruの1日は、乳が7回くらい、ウンコ2~3回、睡眠が12~14時間といった感じのサイクルで、非常に手の掛からない人でした。バギーに乗せてもソファに置いても良く寝てくれて、お腹空いたら泣いて飲んで出して、といったペースが守られている・・・しかも4時間くらい外出させても平気でマイペースを守れる人だったのでかなり助かりました。bianも1年間つけていた「育児日記」をつけていないといつ何をどうしたかが記憶に残らないので、必ず育児日記に「乳飲んだ」「ウンコした」と記録していました。1人目のトイレや食事や嫉妬にどーしても気を取られるので、「2人目こそつけねば!」と切実に思ったのを記憶しています。(笑)

私は掃除をしたり買い物をしたりする生活に一気に戻ったためか、2月13日にまた熱を出して倒れてしまい、NameP母が「私が一緒に居るのに情けない・・・ごめんなさい」とさすがに謝ったくらいに毎日働いていました。(笑) 私は「母上も里帰り出産しに来る私に合わせたために、生活が振り回されてさぞお疲れだったろうなぁ」と考えて、「2ヶ月近くお疲れ様でした、ありがとう」という気持ちで色々と気働きしてしまい、逆に心配をかけてしまったことを深く反省しました。運良く1日で回復したので次の日からはまた普通に出歩いていたのですが、NameP母がご飯を作ってくれたり洗濯を干してくれたりする以外にも、昼間に話し相手で居てくれたことが一番の救いでした。乳幼児が居るとつい子供との世界にコモりがちになるところを、大人と喋ることや外に出歩くことを忘れないように・・・と私を千葉での生活にゆっくり引き戻してくれたNameP母に感謝でした。1週間近く滞在してくれて「もう安心だわ」と帰っていった母上は、今も元気にヘルパーの仕事をしたり子育て支援サークルを主催したりして、神戸で元気な「ばぁば」なのです。

Vul家に喜ばれ、NameP家に珍しがられた(←男が少ない家系だから)hikaruの誕生は、私たち家族を4人家族にしてくれただけでなく、私に子供が2人になる楽しさを教えてくれ、連れ回す苦労も楽しさも分け与えてくれる素晴らしいものでした。
俗説で言う2人目対応「ほったらかし」「写真が少ない」「泣いてもスグには抱っこしてもらえない」など色々言われていたのにも、「私はそんなことしないよ~」と思っていたけど、写真はたくさん撮ってるけど、やっぱり今でもほったらかしで、やっぱり泣いてもなかなか抱っこしてあげないかな~(爆)

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