子宝どっとこむ

 

 「いいの、いいの」ってどっち?

  • Oct212005
  • Author: NameP
  • Categories: 子育ち

「○○ちゃんは、そんなことしなくていいのよ」って、あなたの愛するお子さんに対して言ったこと、ありませんか?

「それは、いいのよ~」・・・して良いこと?悪いこと?
「食べなくていいの」「しなくていいの」・・・はどっち?
「押していいの」「そのままでいいの」・・・は?どう聞こえますか?

悪徳業者の勧誘電話に対して「結構です」と答えると「買ってもイイと返事した」と受け取られて、高い商品を送りつけられて代金を請求された!というトラブルが続出した時期がありましたね。ご存知ですか?日本語の「いい」というのは「要らない」と「良い」の二つに取られるので、勘違いの元になります。

私は子供に「いいの、いいの」と言って危ないモノを取り上げたり、パッと見で危ないことをさせなかったりは、しません。(・_・) 「しても良い」のか「しない方が良い」のか非常に判りにくくなる言葉かけなので、使わないように心がけている言葉、第二位!なのです。
(余談ですが、各種勧誘の電話を断る時は、「要りません」「必要ないです」とキッパリ言いま~す!^_^)

「絶対止めて欲しいこと」=「人に危害を加えること・自分が大怪我をすること」を止める時には、「それはしないで!」「危ないからやめてーっ!」ととにかく恐ろしげな顔と大声で叫びます。

「それはやめたほうがいいんじゃない?」「やめてくれると嬉しいなぁ」「ケガするかもしれないけど・・・構わないなら、どうぞ」と不安げな顔で子ども自身に止めるか続けるかを考えて選ばせる、が、「なるべくやめて欲しいこと」=「やや危ないこと・恐ろしいこと・ケガすること・すっごい汚れること」の止め方です。

対して、「どうぞやってください」という喜ばしい時にだけ、「それでイイんじゃない?」「かーちゃんはイイと思うよ」「多分大丈夫じゃないかなぁ?よっぽど運が悪いと落ちて頭とかブツけるかもしれないけど・・・痛いのはかーちゃんじゃないからbianがそれでイイならイイんじゃない?(ニヤリ)」「イイね~、そうしてくれるとすっごい嬉しい!」という風に「いい」という言葉を使います。
「良い」という言葉を発音しにくいから「イイ」になった、という語感ですね。(^-^)


具体的な例えで言うと・・・ドライバーで何かを開けたり、修理してりしてる時。
子供はドライバーセットを持って「一緒にやりたい!」「自分が直す!」とか言ってきます。(ありがち~!笑)

私は「そう?じゃぁ一緒にやってくれる?ドライバーを使うときはね・・・」と一緒に直そうとして手取り足取り教えます。が、何やらうまくいかないし難しい!と知ると、自然と子供の方から「難しくて出来ないから、やっぱりかーちゃんがやって。bianは傍で見とくね!」と引き下がります。「そう?じゃぁ全部やっちゃうね~」と白々しく1人でとっとと仕上げると、双方気分が良く修理が進みます。喋りながら修理して「出来た!直って嬉しいね♪」と喜びを共感できます。

これを「bianはイイから!ドライバーは危ないからそこで見とけばイイよ」と言ったら・・・?
「私にも出来るもん!貸してよーっ!」とムキになられて、ドライバーを振り回されて余計に危なくなりそうですね!
「ダメダメ、これ大事なんだよ、触らない方がイイよ」「だって私もやりたいんだもん!」と取り合いになったりして、険悪な雰囲気の中を「やりたいのにーっ!」と子供だけが泣いて終わった・・・そんなこと、ありませんか?(^_^;)


疎外感。

これって大人でも、好きな人は居ないと思います。「あなたはココに居ないほうがイイ」「あなたはコレをしなくてイイ」「あなたはコレに関わらなくてイイ」と言われて、喜んだり充足感を得たり?・・・まずしないでしょう?(^_^) じゃぁ、子供にも言わない言葉にしておきましょう。同じように嬉しくない言葉なのですから。

本当に子供が危ないから止めて欲しい時は、ハッキリ判る言葉で、そう言えば良いのです。
「これ、火がボーボーで熱いから、すっごい危ないんだよ!ヤケドしちゃうからさ!離れて見てるだけなら危なくないよ!」
「ドライバーって手に刺さると痛いんだよ?ちょっと刺してみる?あとね、この機械の間違った所に当たると、もしかしたら機械が壊れちゃうかもしれないんだよ・・・そうなったら、父ちゃんすっごい困るんだ~」
など、子供が判る範囲の言葉を使い、しかも顔も声も悲しく困った調子にすれば、「そっか、困るし悲しいならやめとこ~」と思ってくれます。

もしくは、危な過ぎないことなら、ちょっとやらせて子供が諦めるまで待つか、それなりに出来るまで根気良く手伝うか、も場合によってはアリですね!だって出来たら万々歳じゃないですか!!(←私の場合は大半がコレですよ♪bianは先日、お裁縫を手伝ってくれました。結果は「針山を縫うな!」と大笑いでしたが★)

どうしても危ないことなのに一緒にやりたがる場合(←私の場合は高い所に身を乗り出しての外側の窓拭き等)、「だって落ちたら骨が折れるかもしれないよ?血がたくさん出るかもしれないんだよ?やってみて死んじゃったらどうする?それがイヤで怖いと思うなら止めて欲しい。かーちゃんは怪我して痛いbianと痛いのを替わってあげられないし、血がたくさん出て死んで欲しくてbianを育ててるんじゃないから・・・お願いだからそこで見てて欲しいんだ!」と真剣に話せば、必ず判ってくれます。半分脅しのようでもありますが、落ちたらそのくらいのケガをすることは子供には予測できないことなので仕方ありません。

その結果、「大丈夫?」と不安げにずっと見守ってくれてたり、「頑張って~」と応援してくれてたりして、頼もしくも「今、かーちゃんは危ないことをしているんだ」という理解まで深めてくれるのです。

どうですか?

ただ単に「やらせてもらえなかった~」と子供にとって不愉快な記憶に終わるのか、「そんなリスクを犯してまで窓を拭いて掃除して・・・かーちゃんってすごーい!」と尊敬してもらえるのか・・・終わったら「お疲れ様!」と言って貰えるのか・・・あなたはどちらを選びますか?

「子供はいいのいいの、あっち行ってなさい」と親の方から疎外しておいて、10年経って成長した子供が「なんにも話してくれないのよ~」と嘆く親・・・なんだかおかしな理論ですよね?子供が小さい内から着実に親という自分を味方として良き理解者として接してくれて、どんどん成長してもずーっとそのままなら・・・・・・こんなに嬉しいことは無いと思いませんか?(^-^)b

子どもに育ててもらうというのは、こういう「超ロングスパンで物事を捉える考え方を身に付けさせてもらえること」ですね~、私にとって。(*^_^*)大人だけで生きていたら、来年のこともロクに考えずに毎日せこせこと働いているだけのような気がします。
ただ1人でも子供が居る!というだけで、来年は幼稚園がどうなるか、3年後は小学校だ、10年したら中学生だ、20年したら結婚するのかも?と夢が膨らみ、そこを着地点とした親子の人生設計を組む必要に駆られます。夢を持つことは人生の生きがいを持つことと同意義だと感じます。

その時にお金がどうとか家がどうとかいう物質的な豊かさを求める計画も大事ですが、私は精神的な豊かさを中心に考えているので、この時期に親子が何歳で~どういう親子関係だと理想だな~とかいう夢を抱いています。生き方として多少現実的ではないのかもしれませんが、人間はソフトな面が一番人生に対して豊かさを作り出すことを知ってしまったので、親子関係を夢見て日々1歳や3歳の子供に対して親権に話して聞いているのです。(^_^)b

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