子宝どっとこむ

 

 皇帝シューミの引退に思う

  • Sep132006
  • Author: Vulcan
  • Categories: 雑感

史上屈指のレース巧者ミハエル・シューマッハの引退についてきっこが記事を書きましたので私も書いてみます。それにしても、中田英寿の引退表明といい、時代の区切りを感じます。

私の銀行員時代、大学時代の友人I.E.の発案により、つるんでいたグループが鈴鹿に二度集結しました。確か、95年(名古屋の実家に弟と住んでいた年だったと記憶していますので多分正確です)と97年(前年のチャンピオンがデーモン・ヒルであったと記憶しており、日本GPでシューマッハが劇的な勝利を収めた年なので多分正確です)の二度だったはずです。よく見ると、日本GPで6勝したうちの1勝目(ベネトン時代)と2勝目(フェラーリ移籍後)を上げた年ですね。

寒い鈴鹿の前夜祭の夜、雨降る中でカップラーメンをすすったり、皆で銭湯に行ったり、車で寝泊りしたことが、記憶に鮮明に残っています。

95年のレース以後、すっかりシューマッハに惚れ込み、96年にフェラーリに移籍したことでますます好きになった私は、97年の鈴鹿で、前夜祭に展示されていた昨年度のシューマッハのマシンが1番(95年が優勝だったので)をつけているのに、その年は3番(96年が3番だったので)をつけていたことに対して、屈辱感を味わっていました。

97年のレースはすさまじかったです。

予選でデーモン・ヒルがポール・ポジションを取ったかと思いきや、違反行為により17番スタートに降格し、フェラーリファンの我々は一気に色めき立ちました。その結果、ポール・ポジションはジャック・ビルヌーブ、2番グリッドはミハエル・シューマッハ、3番グリッドが同じくフェラーリのエディ・アーバインでした。

スタート直後、とんでもない光景を目にしました。エディ・アーバインがロケットスタートを切り、あっという間に一番を獲得するや、そのまま爆走して、2番手以下を半周ほど差をつけるような快進撃を見せました。どうやら、チームオーダーによって、ガソリンを少量しか積まないことでロケットスタートを実現させ、燃料が切れるまで爆走する作戦を取ったようです。最初のピットインが早めに来ることを覚悟の上で、ビルヌーブのポール・トゥ・ウィンを阻止しようとしたわけです。

アーバインは、予想通り早めのピットインをしましたが、その後も追い上げるビルヌーブを頑張って振り切っていました。フェラーリ得意のピット作戦で、シューマッハがビルヌーブを抜くと、アーバインは他者と比べて一回多いピットインにより、順位を3番に落としました。

このアーバインの圧倒的な快進撃と、フェラーリのチーム・スピリッツに感激した我々を含めた鈴鹿の観客のほとんどは、レース終了後のウィニング・ランで、優勝したシューマッハだけでなく、最終的に3位に終わったアーバインに惜しみない拍手を贈りました。

あの鈴鹿の爆音は、今でも思い出すと武者震いします。圧倒的なスピード、切れのあるカーブテクニック、そして強烈な爆走音、人が狂喜するはずです。

シューマッハが引退することとなった今、あの時親友のI.E.に誘ってもらえたことが本当に幸運だったと思い、彼に改めて感謝している次第です。

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