子宝どっとこむ

 

 久留恵さんの遺書を読んで

  • Nov152006
  • Author: Vulcan
  • Categories: 雑感

きっこの日記で久留恵さんの遺書を読みました。

パワハラによって、恵さんが自殺を決意するまでに追い詰められたことは想像に難くありません。彼女の立場を思うと非常に憐れに思います。しかしながら、彼女の遺書からは、恐怖と違和感ばかりが際立っており、何とも言いようのない気持ちになりました。

遺書が全体を通じて発している感情は、憎しみです。ここに名を連ねた3名を祟り殺すまでは成仏しないという強い意思により、「葬式はしないでください」と言っているのではないかと深読みしたくなります。そうした印象に、強い恐怖を覚えました。

違和感の方は、上の二人を祟り殺したくなるほど憎むのは理解できなくもないのですが、3人目の曽於市現教育長が挙げられていることの違和感です。確かに教育長に訴えたのに、校長の不正を正してくれなかったり、公正な裁定を受けられなかったとすれば怨む気持ちも分からないでもないですが、センターに行って1ヶ月で自殺したという点から、恵さんが遺書で非難するほどの確執が教育長との間に生じたとはなかなか想像できません。単に作り笑顔が非情に癇に障ったということではないかと思ってしまいます。

教育長は上の二人と違い名指しされていないため、そこは怨みの気持ちが少なかった表れなのかもしれません。しかし、名前も知らないほど、つまり一度対面しただけであったとすれば、ぞっとします。

教育長は真心のない作り笑顔をしたのかもしれません。しかし、家族でさえ事情に精通するというのは困難であり、それほど人の心というのは分からないものであるのに、神でもない教育長が会ったばかりの時に全ての事情を理解するなどということは不可能であり、作り笑顔で適当にお茶を濁したくなるのも人情です。つまり、教育長に執拗にいじめられたというのなら教育長を怨むのも道理ですが、初対面の人に対して、気持ちを理解してくれなかったという理由で怨んでいるとすると、あまりにも常軌を逸してしまっていると言わざるを得ません。

人生をポジティブに生きる世の中をつくるということは、何と遠い道のりなのでしょう。どうか力をお貸しください。

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